イタリア文化会館では、新型コロナウイルスの感染拡大防止措置に伴う休校、テレワーク、外出自粛により在宅で過ごす方に向け、毎週水曜日スタッフがお勧めのイタリアに関する本を紹介します。今日皆さんに紹介するのは、カルミネ・アバーテの『偉大なる時のモザイク』(栗原 俊秀 訳・解説 、未知谷、2016年)です。
本書の舞台となるのは、南イタリアにある「アルバレシュ」と呼ばれるアルバニア系住民の村である。作者であるカルミネ・アバーテもまた、このアルバレシュ共同体に出自を持つ。著述の節々に織り交ぜられるアルバレシュ語やアルバニア語にこうした作者の特徴が現れているが、言語の混淆(contaminazione)もまた、栗原氏の翻訳によって楽しむことができるだろう。
そしてまた読者は、稀代のモザイク職人であるゴヤーリ、そしてその完成を見つめる主人公の一人ミケーレとともに、アルバレシュの架空の共同体ホラと、先祖の財宝の行方をめぐる記憶のモザイク画が完成する過程を追体験することとなる。どのようにして、共同体「ホラ」が形成されたのか。なぜ、アントニオ・ダミスは「ホラ」から去ったのか。こうした謎は、ゴヤーリによるモザイク画とともに、証言者、村人たちの語りを通じて明らかにされていく。
「モザイクに描かれた人物たちは、体を震わせ、息をしながら、静寂のなかを旅している。それを見たときに、自分の中に宿った思いこそが大切なんだ。どうして人は、生まれ故郷から逃げ出さなければならないのか。どうして人は、旅立ちを強いられるのか。俺は彼らを見ていると、この世にはびこる不正や不実に、自分の手で触れたような気分になる。」
(本書280頁、アントニオ・ダミスのことば)
本書の鍵を握るアントニオ・ダミスの言葉は同時に次の問いを喚起する。「どうして人は、自らのルーツへと帰ろうとするのか」と。出自を探し求める者、やり残していたことを終わらせようとする者。この帰郷自体もまた旅であったように私には思われた。ここで問いは再びダミスの言葉へと回帰する。人はなぜ、そして何から、旅立ちを強いられるのか。
インターネットを介して購入した航空券を手に、容易にかつ安全に国境が移動できるようになった現在に生きる我々と、500年前に海を渡った人々、前世紀に戦火や貧困から逃れるべく仕方なく祖国を去った人々との間に、「旅」、あるいは「移り住む」という概念をいかに理解するか、という点において大きな隔たりがあることは明らかである。しかしながら、我々が只中にあるコロナ禍によって、その移動が制限されうることもまた詳らかになった。多様性が叫ばれる一方で、国籍・人種の異なる人々に対して向けられる心ない言葉・行為を伝え聞くことが多くなったことも事実である。
こうした状況にあって本書は、「移民」「旅」などの考え方を再考する契機を与えてくれるものである。
カルミネ・アバーテ
1954年生まれ。出生地のカルフィッツィ(カラブリア州クロトーネ県)は、南イタリアに点在するアルバニア系住民(アルバレシュ)の共同体のひとつ。南伊プーリア州のバーリ大学を卒業後、ドイツに移住。1984年、ドイツ語による短篇集『かばんを閉めて、行け!(Den Koffer und weg!)』を発表し、作家としてデビュー(1993年、同作のイタリア語版『壁のなかの壁(Il muro dei muri)』を刊行)。1990年代半ばに北イタリアのトレント県に移住し、現在にいたるまで同地で生活を送る。
栗原 俊秀
1983年生まれ。京都大学総合人間学部、同大学院人間・環境学研究科修士課程を経て、イタリアに留学。カラブリア大学文学部専門課程近代文献学コース卒(Corso di laurea magistrale in Filologia Moderna)
(Ha.)