ロッシーニ《セビリャの理髪師》第1幕よりロジーナのカヴァティーナ*「今の歌声は」
Rossini :IL BARBIERE DI SIVIGLIA Atto primo (Rosina) “Una voce poco fa” (Cavatina*)
原作はフランスの作家ボーマルシェ(Beaumarchais本名Pierre-Augustin Caron:1732-99)による4幕の戯曲「セビリャの理髪師、あるいは無益な心配Le barbier de Séville ou La précaution inutile」で、それをステルビーニ(Cesare Sterbini:1784-1831)が2幕もののイタリア語の台本にした。しかし世界中で公演されているこの作品は、実はいわば二番煎じで、1782年にパイジエッロ(Giovanni Paisiello:1740-1816)がペトロッセリーニ(Giuseppe Petrosselini:1727-97頃)の台本で、同じ素材で同じ題名のオペラを発表して当時のヨーロッパの劇場で大当たりを取っていた。そのためロッシーニは当初このオペラを《アルマヴィーヴァ、あるいは無益な心配Almaviva, o sia l’inutile precauzione》として発表している。その後ロッシーニの作品が有名になり、パイジエッロの作品が世間から忘れ去られるに至って、こちらが《セビリャの理髪師》と呼ばれるようになった。
(ちなみにタイトルにあるスペインの地名は、イタリア語ではSivigliaと表記される。またスペイン語ではvの音はbに近く発音されるので、日本語ではセビリャあるいはセビリアと記載されるのが妥当であろう。)
アルマヴィーヴァ伯爵は、両親を亡くして医者のバルトロが後見人となっている娘、ロジーナに恋をしている。バルトロも自分の年も顧みず、彼女の財産目当てにロジーナとの結婚を企んでいる。そこに昔、伯爵にマドリードで世話になり、今はここ、セビリャで床屋(でもある何でも屋)を営むフィガロが登場。知恵を絞って、伯爵とロジーナを結びつける。
この「今の歌声は」は、第1幕の第2場で、ロジーナの性格を余すとこなく描いた、いわば彼女の名刺がわりとも言えるカヴァティーナ。運命は自分で切り開いていくという気概のある、お転婆なこのお嬢さんは、このオペラの最後に伯爵とめでたく結ばれる。だが彼女はこれから数年後、今度は伯爵に浮気される悩める妻としてモーツァルトのオペラ《フィガロの結婚Le nozze di Figaro》に登場することとなる。
またロジーナは、楽譜の指定ではソプラノとされているが、メゾ・ソプラノが歌うことが多い。ヴォーカルスコアには、このカヴァティーナのメゾ用の変ホ長調と、軽めのソプラノ用のヘ長調の楽譜の両方が掲載されている。
*カヴァティーナcavatina:繰り返しを持たない比較的短めのアリアのこと。そのあとにカバレッタcabalettaと呼ばれる動きのある終結パートがつくことが多い。
Una voce poco fa qui nel cor mi risuonò;
さっきの歌声は私の心に鳴り響いたわ
il mio cor ferito è già, e Lindor fu che il piagò.
私の心にはもう刻み込まれたわ、リンドーロが射抜いたのよ
Sì, Lindoro mio sarà; lo giurai, la vincerò…
ええ、リンドーロは私のものよ、誓ったの、勝ち取るって
Il tutor ricuserà, io l’ingegno aguzzerò.
後見人が拒否したって、私は機転を利かせて
Alla fin s’accheterà, e contenta io resterò…
最後には彼をなだめて、幸せになるわ
Io sono docile, son rispettosa,
私はおとなしくて、丁重で
sono ubbediente, dolce, amorosa;
従順で、やさしくて、愛らしいし
mi lascio reggere, mi fo guidar.
言うことを聞いて、それに従うわ
Ma se mi toccano dov’è il mio debole,
でも、もし私の弱点に触れようものなら
sarò una vipera e cento trappole
蛇みたいにいろんな仕掛けを使うわ
prima di cedere farò giocar.
降参させるまで
(河野典子)